「塩水蓄電池(ナトリウムイオン電池)が普及すれば蓄電池が安くなる」とよく言われますが、2026年8月時点で日本の家庭用として買える製品は確認できませんでした。 しかも国際エネルギー機関(IEA)は、現在のリチウム価格水準ではナトリウムイオン電池がLFP(リン酸鉄リチウム)のコストを下回るには至っていない、と整理しています。
【2026年8月19日時点】 国の「令和7年度補正 DR家庭用蓄電池事業」(上限60万円/申請)は、当初2026年12月10日までの公募予定でしたが、交付申請額が予算に達したため2026年5月29日に公募終了となりました。次回公募は未公表で、現在は新規申請ができません。出典: SII(環境共創イニシアチブ)
この記事でわかること
- 「塩水蓄電池」という言葉が3つの別物をまとめて指していること
- ナトリウムイオンとリチウムイオンの公式データにもとづく実力差
- 「燃えない電池」という説明がどこまで正しいのか
- 日本ガイシがNAS電池事業から撤退した事実と、その理由
- 日本の家庭用として買えない制度上の理由(認証・補助金・保守)
「塩水蓄電池」は3つの別物をまとめた呼び名
「塩水蓄電池」は正式な製品カテゴリー名ではなく、ナトリウムを使う蓄電池の総称として使われている言葉です。中身はまったく異なる3種類が混ざっています。
| 呼ばれ方 | 中身 | 代表例 | 想定用途 |
|---|---|---|---|
| ナトリウムイオン電池 | リチウムイオン電池と似た構造で、電気を運ぶイオンがナトリウム | CATL「Naxtra」、HiNa Battery | EV・系統用蓄電 |
| NAS電池(ナトリウム硫黄電池) | 負極にナトリウム、正極に硫黄。ファインセラミックスを電解質に使う | 日本ガイシ | 大規模定置用 |
| 全固体ナトリウムイオン電池 | 酸化物材料のみで構成し、液体電解質を使わない | 日本電気硝子 | 小型セル(開発段階) |
日本ガイシは自社のNAS電池を、ファインセラミックスを電解質に用いてナトリウムイオンと硫黄の化学反応で充放電する定置用蓄電池と説明しています。公開されているのは**コンテナ型(出力800kW・容量4,800kWh)とパッケージ型(出力1,200kW・容量8,640kWh)**という大規模システムのみで、家庭用への適用の記載はありません(出典: 日本ガイシ NAS電池)。
一方、日本電気硝子の全固体ナトリウムイオン二次電池は、正極・負極・固体電解質のすべてが安定した酸化物材料で構成され液体電解質を使わないため「発火や有毒ガス発生のリスクがない」と説明されています。リチウム・ニッケル・コバルトといったレアメタルも使いません。ただし公開されている標準品は公称電圧2.9V・公称容量80mAh・寸法60×42×10mm・質量30gで、まだセル単位の段階です(出典: 日本電気硝子)。家庭用蓄電池が数kWh〜十数kWhであることを考えると、規模の差は桁違いです。
なお、文字どおり水に溶かした塩を電解液に使う「塩水電池」も存在しますが、2026年8月時点で日本の家庭用蓄電システムとして流通している製品は確認できませんでした。
ナトリウムイオン電池とリチウムイオンの実力差【公式データ比較】
ここからは、メーカー公式資料とIEA(国際エネルギー機関)の公表データだけで比較します。
| 比較項目 | ナトリウムイオン電池 | リチウムイオン電池(LFP/NMC) |
|---|---|---|
| 重量エネルギー密度(上限) | 最大175Wh/kg | LFP最大205Wh/kg、NMC 255Wh/kg |
| 低温・高温性能 | -40℃で公称容量の約90%を保持、70℃まで動作 | 該当記載なし |
| 世界の生産量(2025年) | リチウムイオン電池の1%未満 | 該当記載なし |
| 生産能力の地域集中(2030年見込み) | 既設・計画中を含め95%以上が中国 | 該当記載なし |
| コスト競争力 | 現在のリチウム価格水準では多くの用途でLFPを下回っていない | 該当記載なし |
※「該当記載なし」はIEAの当該解説にリチウムイオン側の対応する数値がない項目です。出典: IEA「Sodium-ion battery momentum grows but challenges remain」(2026年2月17日)
個別メーカーの公表スペックも見てみます。
- CATL「Naxtra」: エネルギー密度175Wh/kg、10,000サイクル以上、-40℃から+70℃の全温度範囲で動作、-40℃でも90%の使用可能電力を維持(出典: CATL公式リリース(2025年4月23日))
- HiNa Battery: 重量エネルギー密度145Wh/kg以上、サイクル寿命4,500回以上(2C/2Cで容量維持率83%)、動作温度-40℃〜80℃(出典: HiNa Battery公式)
読み取れる事実は2つです。低温・高温への強さはナトリウムイオンの明確な長所である一方、重量エネルギー密度は上限でもLFPに届いていないこと。同じ蓄電容量なら重く・大きくなりやすく、設置スペースに制約のある住宅では不利に働きます。
「燃えない電池」はどこまで本当か
「ナトリウム系だから燃えない」という説明を見かけますが、公式資料の書きぶりはもっと限定的です。「発火や有毒ガス発生のリスクがない」と明記しているのは、日本電気硝子が液体電解質を使わない全固体タイプについて述べたものです。液体電解質を使う一般的なナトリウムイオン電池にそのまま当てはまる説明ではありません。
リチウムイオン側のリスクは統計として存在します。製品評価技術基盤機構(NITE)によれば、2020年から2024年の5年間でリチウムイオン電池搭載製品の事故は1,860件通知され、約85%(1,587件)が火災事故に至っています(出典: NITE 注意喚起(2025年6月26日))。ただしこれはモバイルバッテリーや電動アシスト自転車などを含む数字で、住宅に据え付ける定置用蓄電システムだけの数字ではありません。「リチウムイオンは危険、ナトリウムは安全」という単純化は、どちらの方向にも正確ではありません。
2026年8月時点で実用化はどこまで進んだか
EV用途では量産が始まった
CATLと長安汽車(CHANGAN)は2026年2月5日、ナトリウムイオン電池を搭載した量産乗用車を発表しました。市場投入は2026年半ばを目標としており、-30℃で同等のLFP電池の約3倍の放電出力、-40℃で90%以上の容量維持、-50℃でも安定した出力とされています(出典: CATL(2026年2月5日))。
系統用蓄電では欧州で大型契約
定置用でも動きがあります。CATLはオランダのAlfenと2026年7月16日、欧州向けに5GWh規模のナトリウムイオン蓄電システムを展開するパートナーシップを発表しました(出典: CATL(2026年7月16日))。ただしこれは電力系統向けの大型案件で、住宅用ではありません。
日本は研究フェーズ
日本国内では、JST(科学技術振興機構)のGTeXで「資源制約フリーなナトリウムイオン電池の開発」という研究課題が走っています。チームリーダーは東京理科大学の駒場慎一教授で、東京大学・物質・材料研究機構・理化学研究所など17機関が参画しています(出典: JST GTeX)。
2024年11月には、東京理科大学などのチームが正極材料MNTF(Na[Mn0.36Ni0.44Ti0.15Fe0.05]O2)で初期放電容量169mAh/g、平均放電電圧3.22Vを実証したと発表しました(出典: 東京理科大学)。いずれも材料研究の段階で、家庭用製品としての発売時期は公表されていません。
日本ガイシはNAS電池から撤退した
「塩水蓄電池」の文脈で日本企業の実績として挙げられがちなNAS電池ですが、状況は変わりました。日本ガイシは2025年10月31日の取締役会で、NAS電池の製造および販売活動を終了し、新規受注の獲得を行わない方針を決議しています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 取締役会決議日 | 2025年10月31日 |
| 商用化時期 | 2002年に世界で初めて商用化 |
| 最終出荷日 | 2027年1月頃(予定) |
| アフターサービス | 販売・納品済みおよび今後納入する製品には責任を持って継続 |
| 業績影響 | 約180億円を特別損失として2026年3月期に計上見込み |
終了の理由として同社は、長時間・大容量蓄電に対する市場の継続的な需要形成には依然として時間を要すること、部材コストの高騰、そしてリチウムイオン電池との競争環境の激化を挙げています。2019年から進めてきたBASFとの協業についても、供給能力拡大とコストダウンに向けた協議を2025年9月に中止したと説明されています(出典: 日本ガイシ「NAS電池の製造及び販売活動終了に関するお知らせ」(2025年10月31日))。
世界で初めて商用化されたナトリウム系の大型蓄電池が、リチウムイオンとの競争を理由に撤退したという事実は、「ナトリウム系だから当然に安くなる」という期待に対する重い反証と言えます。
日本の家庭用として買えるのか(認証・補助金・保守の壁)
技術の話とは別に、日本の住宅に設置するには制度上のハードルがあります。
1. 製品認証がリチウムイオン前提
定置用蓄電システムの製品認証は、電気安全環境研究所(JET)がJIS C 4441などに基づいて実施しています。同研究所のページで対象として挙げられているのはリチウムイオン蓄電池で、ナトリウムイオン電池についての記載はありません(出典: JET)。認証がなければ施工店が扱いにくく、補助金の対象にもなりにくいという連鎖が起きます。
2. 補助金は「登録済製品であること」が実質条件
東京都の令和8年度「家庭における蓄電池導入促進事業」は、蓄電池パッケージで10万円/kWh、DR実証に参加しない場合の上限が120万円/戸という手厚い制度です(DR実証に参加する場合は1台あたり10万円、DR実証参加に加えてエネルギーマネジメント機器を設置する場合は1台あたり15万円の加算があります)。ただし令和8年10月1日以降の事前申込からは、SIIによって令和8年度の登録済製品一覧に登録された機器のみが助成対象となります(出典: 東京都地球温暖化防止活動推進センター)。
国のDR家庭用蓄電池事業も対象機器が定められており、こちらは前述のとおり2026年5月29日に公募が終了しています。制度の詳細は国のDR補助金が終了した理由と次回の見通し、東京都の制度は東京都の蓄電池補助金ガイドでまとめています。
3. 施工・保守のネットワークがない
IEAによれば、ナトリウムイオン電池の生産能力は2030年時点でも95%以上が中国に集中する見込みです。国内に販売・施工・保守の体制がない製品を住宅に取り付けると、10年後の故障時に対応できる事業者がいない、という事態になりかねません。蓄電池は10年以上使う設備なので、ここは技術スペック以上に重要な判断材料です。
今、蓄電池が必要な人はどう動くべきか
ナトリウムイオン電池は有望な技術ですが、待っていれば数年で家庭用が安く買える、という状況ではありません。今すぐ必要なら、現行のリチウムイオン蓄電池から選ぶのが現実的です。
売電単価の低下で自家消費の価値は上がっている
2026年度の住宅用太陽光(10kW未満)は初期投資支援スキームが適用され、1〜4年目が24円/kWh、5〜10年目が8.3円/kWhです(出典: 資源エネルギー庁 FIT・FIP制度 買取価格)。5年目以降は売電より自家消費に回したほうが有利になる構造で、蓄電池の価値そのものは高まっています。
選ぶときに確認したいこと
- SIIの登録済製品かどうか: 補助金を使う場合、対象機器の要件になっていることが多い項目です
- パワコン構成: ハイブリッド型か単機能型かで費用と停電時の使い勝手が変わります(ハイブリッド蓄電池と単機能蓄電池の違い)
- 価格は見積もりで確認: 家庭用蓄電池はオープン価格の製品が多く、メーカー希望小売価格が公表されていないことがあります。2026年8月3日に日本で販売開始されたテスラ Powerwall 3(13.5kWh、定格出力9.69kW、保証10年)も価格は非公表です(Powerwall 3徹底レビュー)。費用の内訳は蓄電池の設置費用の内訳で確認しつつ、複数社の見積もりを取って比較しましょう
「次世代電池だから安い」という営業トークへの向き合い方
国民生活センターは2021年6月3日、「家庭用蓄電池の勧誘トラブルにご注意!」という注意喚起を公表しています。PIO-NETに寄せられた家庭用蓄電池に関する相談件数は2016年度の325件から2020年度には1,314件へ増えており、事業者の突然の訪問をきっかけに「この値段は今日限り」などと購入を急かされたり、長時間の勧誘で十分に検討できないままその場で契約しているケースが目立つと報告されています(出典: 国民生活センター)。「新しい電池なので安く出せます」と言われたら、その製品がSIIの登録済製品一覧に載っているか、保証内容と国内の保守体制はどうかを、その場で書面ベースで確認しましょう。
まとめ
- 「塩水蓄電池」は総称で、常温型ナトリウムイオン電池・NAS電池・全固体タイプという別物が混ざっています。家庭用に想定できるのは常温型ですが、日本での一般販売は2026年8月時点で確認できませんでした
- エネルギー密度はまだLFP以下(IEA: ナトリウムイオン最大175Wh/kg、LFP最大205Wh/kg)で、コスト面でも現在のリチウム価格水準ではLFPを下回っていないとIEAは整理しています。-40℃で約90%を保持する低温性能は明確な長所です
- 日本ガイシは2025年10月31日にNAS電池の製造・販売活動終了を決議し、理由のひとつにリチウムイオンとの競争激化を挙げています。ナトリウム系が自動的に安くなるわけではない、という現実的な材料です
- 今必要ならリチウムイオン系から選ぶのが現実的です。SIIの登録済製品か、パワコン構成はどうか、価格はいくらかを複数社の見積もりで比較しましょう